仕事中や通勤中の怪我や疾病に対しては、労働基準監督署の労災認定を受けることによって、治療費全額が労災保険から支給されます。
労災認定がされなかった場合は、医療費を労働者自身で負担する必要があります。
本記事では、労災認定される基準や、労災認定がされなかった場合の医療費とその後の手続きについて解説します。
- 1. 労災認定されない場合、医療費は自己負担になる
- 1.1. 健康保険を使って治療を受けて、後で労災認定を受けられなかった場合の手続き
- 1.2. 健康保険を使って治療を受けて、後で労災認定を受けた場合の手続き
- 2. 労災認定される基準
- 2.1. 業務災害の認定基準
- 2.2. 通勤災害の認定基準
- 3. 労災認定を受けることができないケース
- 3.1. ケース1~腰痛の場合~
- 3.2. ケース2~うつ病などの精神疾患の場合~
- 3.3. ケース3~通勤災害の場合~
- 4. 労災が認定されない際の対処方法
- 4.1. 審査請求(労働基準監督署長の決定に不服がある場合)
- 4.2. 再審査請求(審査官の決定に不服がある場合)
- 4.3. 審査会の裁決に不服がある場合~取消訴訟~
- 4.4. 加害者や勤務先への損害賠償請求を行う方法も
- 5. まとめ~労災が認められなかった方へ~
労災認定されない場合、医療費は自己負担になる
仕事中や通勤中に怪我をしたとして、労災認定を受けることができれば、その怪我の治療にかかる医療費は、全額労災保険から支給されます。
一方で、労災認定を受けることができなかった場合は、労災保険が適用されないため、治療費は労働者本人に全額請求されることになります。
ただし労災保険が適用されない場合であっても、加入している健康保険(協会けんぽや国民健康保険)を利用することによって、医療費の負担を3割程度に抑えることができます。
労災認定が受けられなかった場合に、健康保険を利用するための手続について、下記で説明します。
健康保険を使って治療を受けて、後で労災認定を受けられなかった場合の手続き
労災認定を受けられると思い、医療機関で労災である旨を伝えて治療を受けていたのに認定されなかった、というケースはこちらに該当します。
この場合、医療機関から労働者本人に対して医療費の全額請求がされることになりますが、医療機関の窓口で健康保険証を提示すれば、健康保険の適用を受けることができます。
健康保険を使って治療を受けて、後で労災認定を受けた場合の手続き
前述したケースとは逆に、始めに健康保険を使って治療を受けて、その後に、労災認定を受けるケースもあるでしょう。
その場合、労災認定を受けた後に、受診した病院に、健康保険から労災保険への切り替えができるかどうかを確認します。
切り替えができる場合は、病院の窓口で支払った金額(健康保険の自己負担分)が返還されます。
医療費の支払いが済んでいない場合は、医療機関の窓口で労災である旨を伝えて治療を受けて、その後、労災保険給付の請求書を受診した病院に提出します。
切り替えができない場合は、一時的に医療費の全額を自己負担した上で、労災保険に対して医療費を請求します。
一時的に医療費の全額を自己負担するのが困難な場合は労働基準監督署へ、全額を自己負担せずに労災給付を請求したい旨を申し出ます。
労働基準監督署が保険者(市町村や健康保険組合)と調整を行い、保険者への返還額を確定します。
保険者から返還通知書等が届きますので、労災保険の様式を記入の上、返還通知書等を添えて、労働基準監督署へ労災給付を請求します。
労災認定される基準
労働災害には、「業務災害」と「通勤災害」の2種類があります。
業務災害の認定基準
労災認定を受け労災保険から給付を受けるためには、「業務上」の事由によって負傷した場合でなければなりません。
この「業務上」とは、①仕事中に②仕事が原因で発生したという2つの条件を満たしていなければなりません。
この2つの条件は「業務遂行性(被災労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態のこと)」と「業務起因性(業務と被った障害との間に相当因果関係があること)」といいます。
例えば、仕事の作業中はもちろんのこと、職場内で休憩をしている場合も含め、事業主の支配下かつ管理下にあると認められれば「業務遂行性」があると判断されます。
通勤災害の認定基準
通勤中の怪我や疾病についても、通勤災害として労災認定を受けることができれば、労災給付を受けることができます。
「通勤」とは、就業に関し、
- 住居と就業の場所との間の往復
- 就業の場所から他の就業の場所への移動
- 住居と就業の場所との間の往復に先行し、又は後続する住居間の移動を合理的な経路及び方法により行うこと
をいいます。
労災認定を受けることができないケース
業務中又は通勤中に発生した怪我や疾病であっても必ずしも労災認定されるとは限りません。
一定の基準を満たす必要があります。
ケース1~腰痛の場合~
仕事中にいわゆるぎっくり腰(急性腰痛)になることがあります。
しかし、仕事中にぎっくり腰(急性腰痛)になっても必ずしも労災認定されるとは限りません。
腰痛はしばしば発生する疾患であるため災害性によるかどうかの腰痛の認定基準が定められています。
災害性の原因による腰痛の場合①業務遂行中に突発的な出来事として生じたことが明らかに認められるものであり、かつ、②腰痛を発症させ、又は既往症等を著しく悪化させたと医学的に認められるならば、災害性の原因による腰痛とされ、労災認定がなされます。
例えば、重量物の運搬中に転倒した場合、ダンボールを持ち上げようとした際、中身が反して重かった、あるいは、軽かった場合、作業上不適切な姿勢となり腰部に負担がかかった場合は災害性が認められ、労災認定される可能性があります。
災害性の原因によらない腰痛の場合であっても、突発的な出来事が原因ではなく、重量物を取り扱う仕事など腰に過度の負担のかかる仕事に従事する労働者に発症した腰痛で、作業の状態や作業期間などからみて、仕事が原因で発症したと認められるものについては、労災認定がなされます。
例えば、約20㎏以上の重量物を繰り返し中腰の姿勢で取り扱う業務、毎日数時間程度、腰にとって極めて不自然な姿勢を保持して行う業務に比較的短期間(約3か月以上)従事したことによる筋肉等の疲労を原因として発症した腰痛、約30㎏以上の重量物を、労働時間の3分の1程度以上に及んで取り扱う業務、約20㎏以上の重量物を労働時間の半分程度以上に及んで取り扱う業務のような重量物を取り扱う業務に相当期間(約10年以上)にわたり継続して従事したことによる骨の変化を原因として発症した腰痛がこれに該当します。
ケース2~うつ病などの精神疾患の場合~
パワハラによるうつ病などの精神疾患が発生することもめずらしいことではなくなっています。
そこで、次のような心理的負担による精神障害の認定基準に基づいて労災認定を行うとしています。
- 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- 認定基準の対象となる精神障害の発病前概ね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負担や個体側要因により発病したとは認められないこと
なお、業務による強い心理的負荷が認められるとは、業務による具体的な出来事があり、その出来事とその後の状況が、労働者に強い心理的負荷を与えたことをいいます。
長時間残業に関する認定事例として、デジタル通信関係の会社に新卒で入社し、3年目に新分野商品開発のプロジェクトリーダーに昇格し、深夜に及ぶ残業が1か月あたり90~120時間行われ、4か月後に抑うつ気分、食欲低下といった症状が生じ、心療内科を受診したところ適応障害と診断されたケースがあります。
また、パワハラに関する認定事例として、総合衣料販売店に営業職として勤務し、係長に昇格、主として新規顧客の開拓に従事、新部署の上司に連日のように叱責「やめてしまえ」「死ね」と言った発言や書類を投げつけるなどの行動があり、係長に昇格してから3か月後、抑うつ気分、睡眠障害などの症状で精神科を受診したところ「うつ病」の診断がされたケースがあります。
ケース3~通勤災害の場合~
就業の場所と住居との往復の経路を逸脱し、または中断した場合は、通勤労災は認められません。
「逸脱」とは、通勤の途中で就業や通勤と関係のない目的で合理的な経路をそれることをいい、「中断」とは、通勤の経路上で通勤と関係のない行為を行うことをいいます。
具体的には、通勤の途中で映画館に入る場合、通勤の途中で飲酒する場合などをいいます。
しかし、通勤の途中で経路近くの公衆トイレを使用する場合や経路上の店でタバコやジュースを購入する場合などのささいな行為を行う場合には、逸脱、中断とはなりません。
日常生活上必要な行為であって、厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により最小限度の範囲で行う場合には、逸脱または中断の間を除き、合理的な経路に復した後は再び通勤となります。
厚生労働省令で定める逸脱、中断の例外となる行為は以下のとおりです。
- 日用品の購入その他これに準ずる行為
- 職業訓練、学校教育法第1条に規定する学校において行われる教育その他これらに準ずる教育訓練であって職業能力の開発向上に資するものを受ける行為
- 選挙権の行使その他これに準ずる行為
- 病院または診療所において診察または治療を受けること、その他これに準ずる行為
- 要介護状態にある配偶者、子、父母、孫、祖父母および兄弟姉妹並びに配偶者の父母の介護(継続的にまたは反復して行われるものに限る)
労災が認定されない際の対処方法
労働基準監督署に労災申請をしたものの労災認定がされず、又は、認定結果の内容に不服がある場合には、労働基準監督署長の決定(原処分)に対して不服申立てを行うことができます。
審査請求(労働基準監督署長の決定に不服がある場合)
原処分を知った日の翌日から3ヶ月以内(平成28年3月31日以前に通知を受け取った場合は60日以内)に労働者災害補償保険審査官(以下「審査官」といいます)に対して審査請求を行うことができます。
再審査請求(審査官の決定に不服がある場合)
(1)審査官が審査請求に対する結論として作成した決定書の謄本が送付された日の翌日から起算して2ヶ月以内(平成28年3月31日以前に通知を受け取った場合は60日以内)に、労働保険審査会(以下「審査会」といいます)に対して再審査請求を行うことができます。
(2)審査官に審査請求をした日から3ヶ月を経過しても決定がないときも再審査請求が可能です。
審査会の裁決に不服がある場合~取消訴訟~
裁決があったことを知った日から6か月以内に、地方裁判所に対し、原処分の取消訴訟又は裁決の取消訴訟を提起することもできます。
再審査請求をした日から3か月を経過しても裁決がないとき、著しい損害を避けるため緊急の必要があるときなど正当な理由があるときも、原処分の取消訴訟の提起が可能です。
加害者や勤務先への損害賠償請求を行う方法も
勤務先に労災事故の発生について過失(安全配慮義務違反)がある場合は、勤務先に損害賠償請求をすることができます。
まとめ~労災が認められなかった方へ~
労災の認定がされなかった場合には、労災保険ではなく健康保険を利用して治療を受けることができます。
しかし、健康保険を利用したとしても、治療費の3割程度は被災労働者自身が負担することになるため、納得がいかないという方もいらっしゃることでしょう。
労災認定がされなかった場合であっても、前述のとおり、審査請求などの不服申し立てをすることによって結論が覆ることがあります。
労災認定されなかったことに対して納得のいかない方は、今後の方針について、一度弁護士に相談することをおすすめします。
※本記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。