退職後に労災給付を受けるための対応方法。労災給付以外で救済を受ける方法も解説。

労働者災害補償保険(労災)は、労働者が業務上または通勤途中や帰宅のための移動中に負傷(ケガ)や病気になった場合に、労働者やその遺族に対して必要な保険給付をおこなう国の制度です。
正社員、パート、アルバイトなど雇用形態を問わず、労災保険給付を受けることができます。
また、労災給付以外にも損害を補てんする方法もあります。
本記事では、退職後に労災給付を受けるための具体的な手続きや注意点、さらに労災給付以外の損害補てんの方法について、くわしく解説します。
退職後も労災保険は継続し受給できる

退職前から受給していた労災保険は、退職をきっかけに打ち切られることはありません。
参照 労働者災害補償保険法 第12条の5第1項
保険給付を受ける権利は、労働者の退職によって変更されることはない。
上記のとおり、法律にも規定があり、労災保険の給付に在職・退職は関係がありません。
労災保険給付を受けるための条件を満たしていれば受給は可能です。
給付対象 | 労災保険給付を受けるための条件 |
業務災害 | 仕事中に発生した負傷(ケガ)や疾病 ① 業務遂行性 被災労働者の事故が事業主の支配下・管理下にある時に発生したこと ② 業務起因性 負傷(ケガ)、疾病、死亡などと業務との間に因果関係があること |
通勤災害 | 通勤途中(帰宅)に発生した負傷(ケガ)や疾病 ① 下記の移動であること ・住居と就業場所との間の往復 ・就業場所から他の就業場所への移動 ・住居と就業場所との間の往復に先行し、又は後続する住居間の移動 ② 合理的な経路および方法による移動 ③ 業務の性質を有する移動を除く |
ただし、労災保険で休業補償給付を受給している場合、退職により受給できなくなることがあります。
休業補償給付は、①業務上または通勤による負傷や疾病による療養のため、②労働することができないため、③賃金を受けていない、という3つの要件を満たす場合に受給できます。
退職後、転職した会社から給与の支払いを受ける場合には、③の受給要件を満たさなくなり支給は止まります。
退職後、再就職できずに療養を続ける場合は、退職後も休業補償の受給が可能です。
退職理由は受給に影響がない
結論として労災保険の受給には退職理由は影響しません。
先ほど説明したとおり、労災保険は労働者が業務中や通勤中に負傷(ケガ)をしたり、病気にかかったりした場合に補償を受けるための制度です。
つまり、被災労働者の迅速かつ公正な保護を図ることが制度の目的であり、雇用形態や退職理由は関係がありません。
そのため、たとえ定年退職や自己都合退職、解雇や会社倒産の場合でも、業務上の災害や病気による傷害であれば労災保険の給付を受けることができます。
労災期間中の解雇制限
労災保険給付の話から外れますが、労災保険給付の問題と合わせて相談を受けることが多いのが「退職勧奨(退職を求めること)」の悩みです。
労働基準法第19条1項に基づき、労働者が業務上の傷病による療養期間中およびその後30日間は、原則として解雇が禁止されています。
労災期間中に解雇されると、被災労働者の生活基盤が喪失し、さらなる経済的損失を被る可能性が高いため、労働者を保護するために解雇制限が設けられています。
もっとも、この期間において制限されるのはあくまでも解雇であり、労働者側からの意思表示による退職や、労働者と使用者の合意による退職は制限されません。
そのため、療養期間が長期にわたる場合、使用者側から退職勧奨が行われることがあります。
しかしながら、労働者には退職勧奨に応じる義務はなく、退職を拒否することが可能です。
万が一、退職勧奨に応じて、自己都合退職をする場合でも、労災給付が打ち切られることはなく、また退職前の業務中や通勤中に発生した事故についてであれば、退職後に労災保険給付の申請をすることが可能です。
労災事故で退職勧奨を受けた場合の対応方法
退職勧奨とは 退職勧奨とは、会社側(使用者)から従業員(労働者)に対して「辞めてほしい」と言って、退職を勧める行為のことです。 一般的に「肩たたき」とも呼ばれ、会社が人員削減や組織再編などの理由で従業員に自主的な退職を促 […]
退職を理由に減額されない
退職を理由に労災保険の給付が減額されることはありません。
くり返しになりますが、労災保険は労働者が業務中や通勤中に発生した怪我や病気に対して給付される制度であり、退職はその給付の理由に影響を与えるものではないためです。
また、労災保険給付のひとつ「休業(補償)給付」は、平均賃金(労災発生日直前3か月間に労働者に支払われた金額総額を歴日数で割った1日あたりの賃金額)や休業日数などを基に計算します。
そのため、退職すること自体は、計算結果に影響を与える要素でもないため、退職を直接の理由として労災給付額が減額になることはありません。
退職後に労災保険の申請は可能
退職後であっても受給資格に影響はなく、労災保険の申請は可能です。
以下に退職後に労災保険の申請をおこなう場合の手続きの流れや注意点について、くわしく解説します。
退職後の労災保険申請の方法
退職後にする療養(補償)給付の申請方法は退職前後で変わりはありません。

労災指定医療機関で診療の場合、無償で治療や入院などの療養を直接受けることができます。
この際、労働者本人が申請用紙に必要事項を記載し、事業主の証明欄に押印などを受けたうえで「療養の給付請求書」を提出します。
他方、労災指定病院「以外」で診療を受ける場合、労働者で一旦費用全額を負担し、後日労災保険から負担した費用全額の支払いを受けます。
労災指定医療機関以外の場合は、治療費の支払い後、事業主・医療機関から「療養の費用給付請求書」に証明を受けたうえ、所定の内容を記載して労働基準監督署へ提出します。
事業主が申請協力を拒否した場合
例えば、業務または通勤が原因となった傷病の療養のために給付を受ける場合、「療養の(費用)給付請求書」に事業主から証明を受けます。
しかし、退職後に労災保険の申請の手続をすることに元事業主が協力的ではない場合もあるでしょう。
元事業主に証明を拒否されたようなやむを得ない場合には、労働基準監督署(労基署)に事情を説明することで、事業主の証明欄が空白のままでも請求書は受理されます。
事業主の証明が受けられないからといって、自分の判断だけで労災申請をあきらめず、労基署に相談してみると良いでしょう。
引用元「労災保険請求のためのガイドブック<第一編>請求(申請)のできる保険給付など」厚生労働省 労働基準局 労災補償部補償課
Q. 退職したり、会社がなくなってしまった場合でも、労災補償を受けることができるのでしょうか。
A. そのような状況でも請求することができます。
その場合、事業主や会社の同僚の住所や氏名をお伺いすることがあります。
Q.私が勤務している会社は、今回の事故は労災には当たらないとして、協力的でなく、事業主証明などの手続きを行ってくれないのですが、どうしたらよいでしょうか。
A.労災保険の手続きは原則、被災された方が自ら行っていただくことになっています。
会社が事業主証明を拒否するなどやむを得ない場合には、事業主の証明がなくても、労災保険の請求書は受理されます。
このように、退職後も労災保険の申請をすることは可能ですが、いつまでも申請できるわけではありません。
療養(補償)給付や休業(補償)給付は請求できる権利が発生した日の翌日から2年間の申請期限(時効)があることに注意が必要です。
求める給付の内容によって時効は異なるため、早めに申請期限を確認しておく必要があります。
このように労災保険の申請にあたり、事業主が協力を拒否するケースも存在します。
事業主が労災保険申請に協力しない場合でも、労基署や弁護士に相談するなどして申請を進める方法があります。
事業主の拒否に直面しても、労災保険申請を諦める必要はありません。
会社が労災申請を拒否する理由
会社が労災申請を拒否する理由はいくつか考えられます。
一つ目の理由として、労災保険料の増加があります。
労災保険料は全額会社負担ですが、事業の種類ごとに災害率に違いがあるため、保険料負担の公平性を考慮して、労災発生件数に応じて一定の範囲内で労災保険料額が変動します。
そのため、労災発生件数が増加すると、労災保険料の増加を心配する事業主が労災申請を拒否している可能性があります。
二つ目の理由として、普段から残業代の未払、違法な就労実態が常態化している会社が、労基署にそれらの事実を発覚することをおそれ、労災申請に協力しないケースもあります。
三つ目の理由は、労災の発生が明るみになることが会社にとって経済的または社会的な評価において不利益になることが考えられます。
一部の企業では、労災認定に対する理解不足や、対応に時間とコストがかかるという単純な理由で、労災申請に対する協力を渋ることがあります。
会社が労災申請に非協力的である場合、労働者としては必要な治療や補償を受けられなくなるリスクが生じます。
このように、会社には労災申請を拒否する複数の理由があります。
労働者としての正当な権利を守るために、労基署に相談する、弁護士の助言を求めるなどの方法で労災申請を進めることは適切な解決のための大切なポイントです。
自分一人で問題を抱えず、協力を得ることも検討してみましょう。
労基署に相談し手続きを進める
労災申請を事業主が拒否した場合、労働基準監督署(労基署)に相談することができます。
相談を受けた労基署は、必要であれば会社に対して申請協力を指導することもあります。
また、労基署に相談することで必須書類を確認することができ、申請手続きの方法を教えてもらうことも可能です。
このように労基署への相談を通じて、労災申請の手続きを進めることができ、自身の権利を守ることができます。
なお、事業主は労災事故が発生した場合、事業主は遅滞なく労基署にそのことを報告する義務があります。
それにも関わらず、意図的に労災事故の報告をおこなわない、いわゆる「労災隠し」は違法行為であり、刑事罰(罰金刑)を受ける可能性があります(労働安全衛生法120条5号、同法100条1項)。
労災隠しに当たる場合は、労基署を動かしやすくなります。
労災隠しについては、次のコラムでくわしく解説しています。
労災隠し(勤務先に労災申請への協力を拒否された場合)への対処方法
1.前提として 労災保険の請求者は、原則として労働災害にあった労働者本人又はその遺族です。すなわち、労働者や遺族には固有の権利として労災保険の請求権が認められるのです。したがって、労災申請に事業主の同意や許可は必要ではあ […]
弁護士に相談する
事業主が労災申請を拒否された場合において、事業主との力関係で弱い立場にある労働者では難しい交渉も、弁護士に依頼することで対等に話し合うことができ、適切な解決が期待できます。
さらに、障害(補償)給付のサポートや後述する事業主への損害賠償請求を依頼することで労災被害に対してしっかりと救済を受けることができます。
弁護士に依頼することで、手続にかかる精神的な負担の大幅な軽減を期待できるため、治療や休養に専念することができます。
労災申請に関して事業主が協力せず拒否された場合は、労働基準監督署や弁護士に相談することで、適切な対応が取れるでしょう。
一新総合法律事務所は労働基準法や労働者災害補償保険法などの法的知識を持ち、労働問題を扱った経験が豊富です。
労働者の方の労災に関するトータルサポートをおこなっています。
被災労働者の方・ご家族様は、ぜひお気軽に当事務所までご予約のうえ、ご相談ください。
労災保険申請の時効に注意
労災保険申請には申請期限(消滅時効)が存在し、期限を過ぎると給付を受けることができなくなります。
このため、早めの申請手続きが必要です。
労災保険(補償給付)の申請期限一覧
労災保険(補償給付)の申請には、給付ごとに異なる申請期限があります。
期限を経過すると権利自体が失効し、給付金を請求できなくなります。
労災保険の補償給付を適切に受け取るためには、各給付の申請期限を把握し、期限内に申請することが重要です。
給付金 | 請求期限(消滅時効) |
療養(補償)給付 | 療養の費用を支出した日ごとに請求権が発生し、その翌日から2年(=療養の費用を支出した日の翌日から2年) |
休業(補償)給付 | 賃金を受けない日ごとに請求権が発生し、その翌日から2年(=休業日の翌日から2年) |
遺族(補償)年金 | 被災労働者が亡くなった日の翌日から5年 |
遺族(補償)一時金 | 被災労働者が亡くなった日の翌日から5年 |
葬祭料(葬祭給付) | 被災労働者が亡くなった日の翌日から2年 |
傷病(補償)年金 | 監督署長の職権により移行されるため請求時効はない。 |
障害(補償)給付 | 傷病が治癒した日の翌日から5年 |
介護(補償)給付 | 介護を受けた月の翌月の1日から2年 |
二次健康診断等給付金 | 一次健康診断の受診日から3ヶ月以内 |
後遺障害がのこる際の対応方法
労災による負傷(ケガ)や疾病の治療を継続してきたにもかかわらず、後遺症が残る場合には後遺障害等級の認定を受けるようにしましょう。
治療をしてもこれ以上症状が改善しない状態を「症状固定」と言います。
医師に症状固定であると診断された場合、療養(補償)給付や休業(補償)給付は受けられなくなります。
ただ、症状に応じた後遺障害等級が認定されると、障害補償給付が支給されます。
参照 後遺障害に対応する労災補償給付
・障害等級第1級から第7級に該当
障害(補償)年金、障害特別支給金、障害特別年金
・障害等級第8級から第14級に該当
障害(補償)一時金、障害特別支給金、障害特別一時金
※後遺障害は症状の程度に応じて14段階で区分されており、1級が最も重い症状、14級が最も軽い症状となります。
例えば、業務災害により重度の後遺障害を負った場合、その後の日常生活が大きく変わることになります。
治療費やリハビリテーション費用がかかることも多く、経済的な負担が増加するでしょう。
しかし、後遺障害等級認定を受けることで、これらの費用をカバーできるため、経済的な不安や負担が軽減されます。
適切な後遺障害等級認定と正当な補償を受けるためには、医師の協力を仰ぎながら、必要な書類や証拠を準備することが求められます。
なお、後遺障害に対する労災補償には、精神的苦痛に対する「慰謝料」は含まれていません。
そのため、次の項目で解説する会社への損害賠償請求を求めることが考えられます。
労災による後遺障害とは|給付金額・障害認定までの流れ・等級認定を受けるためのポイントを解説
労災の障害等級における認定基準と後遺障害が認定された場合にもらえる給付金の金額、障害認定までの流れや認定を受けるために重要なポイント等について弁護士が解説しています。
労災給付以外に救済を受ける方法
退職後も労災給付は受けられますが、労災保険だけでは十分な補償が受けられない時には、それ以外にも損害補てんの手段があります。
使用者に対する損害賠償請求
労災補償では「慰謝料」はカバーされません。
また、休業(補償)給付も、受領できる金額は基礎賃金(基礎給付日額)の6割(特別支給金をあわせると8割)が限度です。
後遺障害の事案で、障害(補償)給付が行われる場合でも、障害(補償)給付で逸失利益全額をカバーできるとは限りません。
このような労災だけでは補いきれない部分は、会社に対して損害賠償を請求できる場合があります。
不法行為による場合
会社の故意・過失により、労災事故が発生した場合、労働者は、会社に対し、不法行為に基づく損害賠償請求が可能です。
また、他の労働者の業務中の故意・過失により労災事故が発生した場合には、使用者責任に基づき、会社に対して損害賠償を請求することができる場合があります(民法第715条)。
会社が労働者を使って利益を得ている以上、労働者が業務をおこなうなかで第三者に損害を発生させた場合には会社がその損害を負担するべき、という考え方があります(報償責任の原理)。
この考えに基づく会社の責任を「使用者責任」と言います。
例えば、会社が受注した工場建設の現場で、同僚が操作する重機の操作ミスにより労働者が負傷した場合には、使用者責任に基づく損害賠償請求ができます。
安全配慮義務違反による場合
会社(使用者)には、労働者が安心して働けるように「労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」義務があります(労働契約法第5条)。
これを「安全配慮義務」と言います。
会社が労働者に対して法律で定められた安全配慮義務を怠ったことで労災が起こった場合には、会社の側に債務不履行責任が生じ、民事上の損害賠償義務が発生します。
安全配慮義務違反による労災の事例として、安全対策が不十分な現場における作業中の事故や、適切な保護具が提供されていない状況下での事故などが挙げられます。
なお、債務不履行責任にもとづく損害賠償を請求するためには、会社の安全配慮義務違反のほかにも、業務と労災の因果関係などについて労働者側が立証しなければなりません。
また、金額をいくら請求可能か、交渉で解決できない場合の裁判手続きの対応をどうするかなど、ひとりで対応することが難しいことがあります。
このような場合、弁護士のサポートを検討することも解決のための選択肢のひとつです。
まとめ(労災保険給付と損害賠償請求のサポート)
労災と退職の関係について、ここまで解説してきました。
退職後も、退職理由に関係なく労災給付を受けることができる一方で、時効の問題があるため請求期限内におこなうことが必要です。
労災給付などでカバーできない損害は、会社に賠償請求することができる場合があります。
ただ、請求にあたり労働者側には、会社の安全配慮義務違反等を立証する責任があります。
会社との雇用関係が続いている場合、一般的に弱者の立場にある労働者の側からすれば会社と損害賠償に関する交渉をすること自体、負担になることが少なくありません
弁護士法人一新総合法律事務所では、後遺障害の申請手続や、会社側との交渉代理、会社に対する損害賠償請求を含め、被災労働者の方のフルサポートをおこなっています。
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