労災保険は使わない方がいい?利用のメリット・デメリットや注意点を解説
勤務中、通勤中の怪我や病気は、労働災害(労災)に該当する場合があります。
労災に該当する場合、一定の給付金が受けられる「労働災害補償保険(労災保険)」を利用することができます。労災保険は、原則として経済的な負担なく治療を受けることができ、また、休業期間中の休業補償等の支払いを受けることができる国の公的保険制度です。
労災保険の存在を、多くの労働者の方は知っているものの、実際に被災した時に労災保険を利用すべきかどうか迷われる方も少なくありません。
この記事では、労災保険を利用することのメリットとデメリット、そして注意点について詳しく解説します。
目 次
1.労災は使わないほうがいい?
「会社との関係悪化」への不安や、「会社が労災を認めない」ために、被災労働者が労災保険の利用をできずにいるケースが見られます。
もちろん、労災保険の利用は強制されるものではなく、労災保険を利用しないという判断も可能です。
1-1.原則、労災保険は使った方がいい
しかしながら、原則として、被災された労働者の方は労災保険を使用するべきです。
その理由は、被災労働者の方にとって、労災保険を利用することのメリットが大きく、その一方で、デメリットはほぼ無いからです。
業務上の災害や通勤災害には健康保険を使うことができません。
労災保険を利用しない場合でも、加害者や使用者(あるいはその加入する保険会社)が治療費を内払いしてくれればよいですが、そうでない場合、被災労働者は医療費を全額(=10割)自己負担しなければならないリスクが生じます。
他方、労災保険を利用すれば、自己負担の心配なく無償で治療を受けることができます。
また、労働基準監督署長によって労災認定がなされると、療養補償給付(療養給付)、休業補償給付(休業給付)、障害補償給付(障害給付)、遺族補償給付(遺族給付)、葬祭給付(葬祭料)、傷病補償年金(傷病給付)、介護補償給付(介護給付)などの手厚い補償を受けることができます。
労災保険の種類 | 給付内容など |
---|---|
療養(補償)給付 | 怪我や病気に対する給付。 「療養の給付(労災病院または労災保険指定医療機関で治療を受ける場合)」、「療養の費用の支給(労災病院または労災保険指定医療機関以外で治療を受ける場合)」があります。 なお、療養補償給付は業務災害、療養給付は通勤災害に当たる場合の給付です。 |
休業(補償)給付 | 業務災害、通勤災害による怪我や病気で仕事を休む際に受けられる給付です。 労働基準法の平均賃金に相当する額の80%(給付基礎日額の60%に相当する「休業給付」と、給付基礎日額の20%に相当する「休業特別支給金」)の支給が受けられます。 |
障害(補償)給付 | 治療後(症状固定後)に身体に障害が残った場合、その症状において厚生労働省令で定められている1級~14級の障害等級の認定を受けることができれば受給できます。 ◆関連コラム 「労災による後遺障害とは|給付金額・障害認定までの流れ・等級認定を受けるためのポイントを解説」 |
遺族(補償)年金 | 従業員が死亡した場合に遺族が受け取ることができます。 ◆関連コラム 「労災事故の死亡慰謝料の相場はいくら?会社への慰謝料請求・損害賠償請求」 |
葬祭給付(葬祭料) | 従業員死亡時に葬祭をおこなった人に対して支給されます。 |
傷病(補償)年金 | 被災後1年半以上経過しても、怪我・病気が治ゆせず、治療継続の必要性ある時に支給されます。 |
介護(補償)給付 | 障害により傷病(補償)年金または障害(補償)年金を受給しており、今まさに介護を受けている場合に支給されます。 |
なお、労災保険を使わずに誤って健康保険を使用してしまった場合は、以下の手続が必要です。
病院で労災保険に切り替えが可能な場合には、労災保険の療養給付の請求書を受診した病院に提出し、病院の窓口で負担した一部負担金の返還を受けます。
病院での切り替えができない場合には、一時的に医療費の全額(10割)を自己負担したうえで、労災保険の手続を行います。具体的には、全国健康保険協会(協会けんぽ)や健康保険組合に対して労働災害である旨の報告を行ったうえで、健康保険負担分の治療費(原則7割)の返納を行い、その後労働基準監督署へ療養(補償)給付の請求書類を提出し、労災保険から治療費の支給を受けることになります。
1-2.負傷の程度は問わない
負傷の程度に関わらず、労災認定を受けることができれば労災保険は適用されます。
大したことのない怪我で会社に労災保険の利用を申し出ることをためらう場合もあると思います。
しかし、労災保険を利用しない場合、治療費が全額自己負担となるリスクが生じます。
1-3.勤務先が労災保険未加入でも利用できる
勤務先が労災保険に加入していない場合、従業員である労働者は労災保険を利用することが可能です。
例えば、「アルバイトやパートタイム従業員は労災保険に未加入」であると勤務先から言われたとしても、労災保険制度の利用は可能です。
労働者を1人でも雇用していれば労災保険は強制加入です。
労災保険未加入期間中に労災事故が発生した場合、使用者(事業主)は過去にさかのぼって保険料が徴収されます。また、都道府県労働局より労災保険から従業員が給付を受けた金額の100%または40%の費用を徴収されます。
労災保険未加入の使用者との関係性が悪くなることを心配して労災保険の利用をためらうことがあるかもしれません。
しかし、怪我の程度によっては、全額自己負担で治療を受けることは大きな負担であり、後遺障害が残った場合に適切で十分な補償が受けられない可能性もあるため、ためらわずに労災保険の利用を検討するのが良いでしょう。
2.労災保険利用のメリット・デメリット
労災保険の利用におけるメリット・デメリットについて、「被災従業員」と「使用者」の視点から解説します。
2-1.被災従業員側のメリット・デメリット
従業員側の労災保険利用のメリットは次の点が挙げられます。
【手厚い給付が受けられる】 1.治療費等の自己負担の心配なく、安心して治療を受けられる 2. 仕事を休んだ分の補償(休業補償給付)が受けられる 3.後遺障害が残り、等級認定をされると障害補償給付が受けられる 4.労働者に過失があるか否かに関わらず補償が受けられる |
前述した通り、労災を原因とする怪我や病気には健康保険は適用できません。
労災申請することで、自己負担なく治療等を受けることができることは大きなメリットです。
労災保険は医療費の全額負担だけでなく、休業補償給付や障害補償給付などさまざまな給付が提供され、従業員の生活を広範囲のサポートが受けられます。
例えば、業務作業中の事故で重傷を負い長期入院が必要な場合、労災保険を利用することで医療費の負担なく必要な治療を受けられ、入院などにより収入が途絶える期間には休業補償給付を通じて生活費を確保することができます。
労災保険が無ければ、治療や入院による医療費や生活費の負担が大きくなり、長期間にわたるほど経済的な困難に直面する可能性が高くなります。
また、これらの補償は、労災事故の発生について、労働者側に過失(落ち度)があったかどうかに関わらず給付されることも、労働者に取って大きなメリットの一つです。
上記のようなメリットがある一方で、労災保険利用によるデメリットはほとんど存在しません。
あえて挙げるとすれば、労災申請時には一定の手続きや書類の提出が必要であり、これが煩雑で時間がかかることがあります。
その他には、労災保険の利用を巡って使用者側との関係が悪化する可能性があることなどが挙げられます。労災保険の利用は、使用者側にとっても手続きは手間で、場合によっては使用者が全額負担する労働保険料が増額される可能性もあるため、使用者が労災申請に難色を示すケースがあります。
ただ、労災保険加入は使用者の法律上の義務であり、従業員が労災保険を利用することは当然の権利ですので上記を理由に労災保険の利用をためらう必要はありません。
使用者は労災保険利用を理由に、減給や解雇をおこなうことはできません。
たとえ使用者との関係が悪化し協力を得られなかったとしても、労働者は労災保険の利用を直接労働基準監督署に請求することができますので、労災保険の利用に影響はありません。
2-2.使用者側のメリット・デメリット
使用者側である会社の立場から見た労災保険利用のメリット、デメリットについて解説します。
労災保険で補償される内容は、「1-1.原則、労災保険は使った方がいい」の「参照 労災保険の種類と給付内容」の項目で解説した通り、発生した損害の全額を補償してくれるものではありません。
労働災害の発生が会社側の使用者責任違反や安全配慮義務違反によるものである場合、労災保険で補てんされない損失について、従業員から損害賠償請求を受けるリスクがあります。
ただ、使用者が労災保険の利用により補償を受けている場合には、損害賠償においてその利益分は控除されます。
そのため、使用者側にとって従業員が労災保険を利用することは、労災給付分の多くが損益相殺され、使用者が従業員に対して直接支払わなければならない賠償額が低くなるというメリットがあります。
他方、使用者側のデメリットは、手続きに時間と労力がかかることが挙げられます。
しかし、対応が面倒だからといって何も対応をしない場合、法律に定められた助力義務(労働者災害補償保険法施行規則第23条)に違反することになるため注意が必要です。
第23条(事業主の助力等) 保険給付を受けるべき者が、事故のため、みずから保険給付の請求その他の手続を行うことが困難である場合には、事業主は、その手続を行うことができるように助力しなければならない。 2 事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない。 |
また、すべての会社に適用されるわけではありませんが、「労災の発生の多い少ないで、保険料率や保険料が増減する「メリット制」があります。
つまり、メリット制が適用される事業の場合、労災の発生率が高くなると労災保険料が増加する可能性があります。
死亡、重大な労働災害、休業をともなう労働災害が発生した場合、使用者は労働基準監督署長に労働者死傷病報告書を提出しなければなりません。
労働保険料の増加を恐れ、あるいは面倒だからといって労基署へ報告をしない、労働者死傷病報告書に虚偽の内容を記載し提出することは労災隠しにあたります。
また、労災隠しには罰則があります。
第97条(労働者死傷病報告) 事業者は、労働者が労働災害その他就業中又は事業場内若しくはその附属建設物内における負傷、窒息又は急性中毒により死亡し、又は休業したときは、遅滞なく、様式第二十三号による報告書を所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。 |
2-2-1.労災隠しのリスク
労災隠しは法的に違反(違法)であり、発覚すれば会社に対する罰則や社会的評価の損失があります。
前述の労働者死傷病報告書を提出しなかったり、虚偽の報告をおこなったりした場合には50万円以下の罰金が科される可能性があります(労働安全衛生法第120条、100条)。
そのため使用者としても、適切に労災事故への対応をおこなう必要があります。
第120条 5号 第100条第1項又は第3項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は出頭しなかつた者 第100条(報告等) 厚生労働大臣、都道府県労働局長又は労働基準監督署長は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、事業者、労働者、機械等貸与者、建築物貸与者又はコンサルタントに対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずることができる。 (略) 3 労働基準監督官は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、事業者又は労働者に対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずることができる。 |
3.労災の利用上の注意点(従業員側)
従業員が労災保険を利用する際には、いくつか注意点があります。
3-1.労災でカバーされる損害の範囲
労災保険は労働者が業務中や通勤中に負った怪我や病気に対して補償を提供します。
しかし、すべての損害がカバーされるわけではありません。
例えば、休業損害も休業4日目から補償の対象となり、特別支給金を含めると給付基礎日額の80%が上限です。
3-1-1.慰謝料は労災の範囲外
労災保険は業務上の怪我や病気に対する治療費や休業損害をカバーしますが、精神的な苦痛に対する慰謝料は含まれません。
例えば通勤中の事故で負傷した場合、治療費や休業補償は労災保険でカバーされますが、怪我により受けた精神的な苦痛に対する慰謝料は支払われません。
なお、労災保険では補償を受けられず回復できない損害や慰謝料については、勤務先である使用者や加害者である第三者に対して損害賠償請求をおこなうことができる場合があります。
3-2業務中・通勤中の交通事故被害による労災
仕事中や通勤中の交通事故被害も労災保険の対象となります。
なお、加害者がいる事故の場合、加害者(または加害者加入する保険会社)に対しても、労災保険で賄われない部分の賠償金を請求することができます。
同じ費目の損害について労災保険と自賠責保険(または任意保険)から二重に支払いを受け取ることはできません。
交通事故による被害で労災保険を利用するメリットは、示談時の受取額が増える可能性がある点です。
特に被害者に過失がある場合、労災保険の利用が有利です。
その理由として、労災支給分は損益相殺の対象となる損害項目が限定されているため過失相殺の影響を受けにくいことや、特別支給金(労災保険に上乗せされるお金)の支払いを受けられることが挙げられます。
被害者に過失がない場合でも、特別支給金制度により、労災保険利用時の実際の受取額が増加します。さらに、労災保険は自由診療より1点単価が低いことが多いため、保険会社の治療費負担が軽減され、結果として加害者側との慰謝料の増額交渉がしやすくなる可能性もあります。
このように、交通事故被害における労災保険の利用は、事案にもよりますが様々な面で被害者に有利に働く傾向があると考えられます。
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4.まとめ
労災保険は、従業員が働く中で遭遇する可能性のある事故や病気に対応するための重要な保険制度です。労災保険の利用は労働者にとって正当な権利の行使です。
労災が適用される条件がそろっているのであれば、労災は使った方がいいでしょう。
ただ、労災制度は複雑で、会社との関係性などを踏まえると、自分ひとりだけでは労災保険の利用を進めていくことが難しいかもしれません。
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